2006-08-12

花火

Posted by Picasa photo:夜空の花火











8月5日、私の住む町の海岸で夜、花火が打ち上げられた。家の二階から撮った写真は2キロ先の花火のため鮮明画像とはいかない。
それでも夏の風物詩として雰囲気は出ているようだ。あちらこちらで盆踊りも開催され、13日より盆に入る。
盆が過ぎると残暑厳しく暑い日が続くが、日照時間は確実に短くなっている。

私の新パソコンもようやく起動し始めた。まだまだ入力データの整理をしていないが「温故知新」ではないが、旧きを捨て新しきを開拓する必要が沢山ある。旧パソコンのアプリケーションソフトと新パソコンのソフトに互換性がなく作ったデータも新では使えない。
春華秋実」、春の花と秋の実いずれも両立することが大切だと故事は教えるが、
咲いた花から簡単には果実は実らないものと、軽いため息が漏れる。

2006-08-09

始動

Posted by Picasa photo:sisサンプル画像

画像はパソコンに内臓されている
sis社のサンプル画像を拝借した。
pcリニューアルのためストックした
オリジナル画像がない。旧パソコン
データ引越しが済んでいない。
外は雨、今日あたり構内LANで引越し
予定…。



村上隆「芸術起業論」は以前、このページで紹介した。だからといって私がその関係者だとか出版社の回し者広告屋であるとか、そうしたものには一切無関係。
再び「村上隆」を取り上げたのには訳があった。
私のサイトページにはアドセンス広告が張られていて記事内容をアルゴリズムのクロークが検索して適切な広告を掲示する。前回、村上隆を扱ったときクローラーは正直に村上隆の名を載せ、関連事業のサイト広告が張られた。私はかなり前から彼を知っていたが、こうした形で村上隆の名がサイトの「向こう側」に顔を覗かせるようになると、これはメジャーになった証である。
彼は「LDサイト」にウェブページを展開している。今回の芸術起業論について本人がコメントを出しているので興味のある方は覗いてみるといい。ページの名は奇々怪々をもじって「カイカイキキ」(私のスイソク)と云う。彼らしいネーミングと思った。すでに著名人となった人物であるが故に堀江氏とも交流があるのだろう。
前回の紹介は7月16日に読売で書籍紹介されていたものを題材にした。そして今回、8月8日の千葉日報に同様な形で芸術起業論の書籍が紹介されたのである。オヤオヤ、と訝った。私がなぜそう思ったかを説明する必要がある。それは批判でもイチャモンでも中傷でもない。むしろ新聞2紙が紹介するほど注目されている本という証明でもある。問題は、その本が手に入らないということだ。ソールドアウト状態で店頭にない。私がある書店に注文して受け取りに行くと「入荷できなくキャンセル待ち」と云われた。そんな人気のある本がキャンセルされる訳がない。
そんな中で再度新聞が紹介していたので「オヤオヤ」と感じたのである。
同じ村上姓で「村上龍」が作家として活躍しているが、彼のデビュー作「限りなく透明に近いブルー」が世に出回ったとき同じ現象が起きた。衝撃作として話題をさらい社会現象まで起し老いも若きも「限りなく」というフレーズを連呼した。
今回の書籍は本の作家ではなくアート作家の書いた本である。いま出版界の低迷が云われている。アマゾン手法ではなく書き手の問題だ。歴史ある文学賞をとったからといって優れた内容、それが賞賛に値するものではないということだ。書き手使い捨て時代で作家本人の気質作風を選ぶのではなく「タイトル」と特異性また超日常性を長編にしてダラダラ書き綴る。読めない、読まない。
その一方で「芸術起業論」が予想に反して売れ過ぎている。第2刷りを待たなければ品がない状態だ。その現象は何を物語っているのだろうか。私はその内容にあると思う。そのことを的確に著わした評論がある。千葉日報に紹介された記事で美術評論家建畠哲氏の論評を一部引用して解いてみたい。
「日本のアート界の閉鎖的なモラルに甘んじてきた我々の方であって彼自身は国際的なアートシーンは歴然と欧米のスタンダードが支配しているという冷徹な現実を、そのスタンダードにおける日本のアーティストとしては例外的な勝利者の立場から、ごくまっとうに説いているだけのことなのだ」、と。これは即今の出版界にも当てはまる。
ビジネスマン、マネジメントセンスがなければ芸術制作を続けることができない・
欧米美術史のルールを読み解いた上で、そのルールを壊し、なおかつ再構築するに足る追加ルールを構築しなければならない・、ニューヨークやパリで劇的な反響を呼ぶことに成功する。
評論家絶賛の賛辞を読んで「芸術起業論」を益々読みたくなる。しかしその本はいま店頭に並んでいない。こうした現象こそがデジタル化社会と戦うアナログ世界に絶対必要な必須条件なのである。

2006-08-08

ただいま調整中…

新しいパソコンをセットアップして4日が経過した。今回、ディスプレートをセパレートしたので、その調整に時間がかかった。まだデータの引越し転送が済んでいない。構内ネットワークLAN で転送すると時間が省けるとマニュアルにあったので検討しているが、これも始めてのことで勝手が判らない。取り敢えずクロスケーブルは用意したが、パソコン新旧転送の設定がマニュアルを読んだだけでは理解できない。これも試行錯誤してやってみるしかない。
いまのところ、インターネットから引き出した情報でパソコン操作閲覧しているが、新しい現在のパソコンには過去のデータは殆ど無い状態で必要最小限のデータだけを移行して書き加えている。このブログも、そんな情況で書き込んでいる。
自分で管理しているページのデータはサイトサーバーに記録されている、ということを考えてみると、これはネット通信の最大の利点だと感心した。
その全部がいいことばかりではなく、不必要な見たくも無い情報が相変わらず配信され削除する手間も大変だ。個人データが相手のサーバーに保管されているということは、サイト側として「よからぬ」情報をチェックし制限することもしばしばで、プライバシーが完全に保護されているとは云い難いが世界の安全を考える上ではやむ得ない。だったら、ついでに「低俗スパム」撃退ソフト無料配布、をしてくれたらいいだろう、と思うが大手バンクの資金がノンバンクに回り、自己破産者を生み出すシステムに、それは近い。世の中、つねに物事は表裏一体で善悪が紙一重で成り立つ。邪悪にならぬよう努めたいと思う。